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【リズと青い鳥】傘木希美を考える

※ こちらの記事では映画「リズと青い鳥」とTVアニメ「響け!ユーフォニアム 2

のネタバレを含みます。 

 

先日、「リズと青い鳥」を鑑賞しました。素晴らしい映画を観た、の一言に尽きます。 

静かで、洗練された映画でした。空間やものや、あらゆる音が極限まで削ぎ落とされており、厳選された情報が鮮やかに伝わってきます。環境音、衣擦れ、靴音、呼吸音。一つ一つに少女たちの感情が凝縮されており、濃厚な時間を味わうことができました。

呼吸が止まりそうなほど綺麗で、呼吸するのも煩わしくなるほど静謐。そんな特別な映像を体験するという目的だけでも、多くの人に劇場へと足を運んでもらいたい、そう心から思います。

 

さて、この記事ではそんな「リズと青い鳥」にて描かれた一人の登場人物、傘木希美のお話をしていきます。

私はこの映画を観ながら彼女の言動に、一挙手一投足に、とても強く興味をひかれました。本作では少女たちの言葉にならない感情が数多く描かれていましたが、傘木希美のそれは特に、複雑で難解であるように感じました。言葉通りに、受け取ってしまっては容易く意味を取り違えてしまいそう。

映画の中の各シーンを振り返り、それぞれの描写の意味や印象を一つ一つ整理しながら、傘木希美の感情を考えていきたいと思います。 

 

 

傘木希美への違和感

性格は明るく親しみやすく、多くの後輩に慕われていて、リーダーシップもあって、演奏もとてもお上手。それが傘木希美に対し、最初にいだいていた印象でした。

しかし、映画を観進めていくと、彼女の内面はそう単純ではないことがわかります。意外にも軽薄で不誠実な面がある模様。この項目ではまず、そのようなことを話していきます。

  

取り上げたいのは映画の中盤に差し掛かった辺り、「私、ここの大学、受けようかな」のシーン。希美とみぞれが進学先を音大にするかどうか、というような会話する場面です。

希美が音大のパンフレットを見ながら「私、ここの大学、受けようかな」と言い出し、それを聞いたみぞれが「じゃあ私も!」と、音大への進学に意欲的な様子を見せるようになるのですが……

ここで違和感を覚えるのは、希美の態度。この時のみぞれは誰が見てもわかるくらい希美への依存心丸出しで進路を選択しているのですが、それについて希美が一切口出しをしないのです。 

ふつう、健全な友人関係ならば、進路は自分の意思で考えて決めるべきだと軽く諭すのが自然ではないかと思います。確かに他人の進路にそう口を出していいものではないのですが、それにしても少しは

この会話の後のシーンで、吉川優子がみぞれの選択や希美の態度を気にかけて、心配の言葉をなげかけます。これがやはり、友人として適切で誠実な対応であるように思います。そしてそうしなかった希美は、やはり不誠実であったように見えました。

 

思い返せば、TVシリーズ2期「響け!ユーフォニアム 2」の4話においても似たような匂いを感じました。希美は高校一年生の時、諸々の事情で吹奏楽部を退部した際、みぞれに何も告げませんでした。そのことにみぞれは大層ショックを受けてしまい、それがやがてややこしい問題へと発展したのが、2期序盤のストーリーです。

希美が声をかけなかった理由としては、「頑張ってるみぞれに対して一緒に辞めようとはとても言えなかった」「オーボエパートは当時一人しかいなかった」などがあったらしいのですが……しかし、希美はみぞれと中学時代に「高校行ったら金取ろう」と誓い合っていました。従って、部活を辞めるのならばせめて一言くらいあやまっておくのが筋です。そうしないどころか、何も告げずに辞めた件について全く悪びれてもいない態度だったのは、もはや軽薄とすら呼べるものだったと思います。(この時も吉川優子さんは希美にめっちゃ怒ってた。本当に良い子や)

 

 

 傘木希美の鎧塚みぞれに対する感情

明るくさっぱりしていたり、不誠実な行動を取っていたり、希美の内面は思った以上に複雑であることがわかりました。彼女を解きほぐすべく、続いては映画の中で示された傘木希美の感情の読み取りを行っていきます。

 

・みぞれが音大のパンフレットをもらったことを知った時

このタイミングで、希美の表情はそれまで見たことないほど劇的に曇っていました。ここに示されているいるのはやはり、「劣等感」や「嫉妬心」でしょう。新山先生がパンフレットを渡した、音大へとスカウトしたのはみぞれだけで、希美には声がかかっていなかったから。

希美の演奏も決して下手ではなく、むしろ上手い方であったのですが、みぞれのそれは超越したものであるように描写されていました。中学時代からずっと木管パートとしてみぞれの隣で演奏していた希美だから、劣等感などを抱えていても不思議ではありません。

また、技術だけでなくみぞれを取り巻く環境にも嫉妬を覚える要素があります。みぞれは高校一年生の頃から、自分の他にオーボエ奏者がいなかったこともあり、コンクールに出場することが出来ています。対する希美はコンクールに出られないどころか、同じフルートパートの先輩と衝突し、一度退部するにまで至っています。みぞれの境遇を羨ましく、妬ましく思ってもおかしくありません。

前項で一年の頃退部時にみぞれに声をかけなかったのは酷いと書きましたが、これらの感情があったためと考えると一応納得がいきます。酷いことには変わりませんが。

 

そういえば作中楽曲「リズと青い鳥」第三楽章をコンクールで吹けることに、希美は嬉しそうな様子を見せていました。この楽曲はフルートとオーボエソロの掛け合いが主役でありましたから、みぞれと並び立てることに、希美は喜びを覚えていたのかもしれません。(そう思うとクライマックスの演奏って本当……

 

・「私、ここの大学、受けようかな」

この台詞を吐いた時の希美の中にあるのはきっと、劣等感と嫉妬心に基づいた競争心でしょう。しかし、次の瞬間からは、また違った感情が湧いていたと推測します。

希美が「私、ここの大学、受けようかな」と口にするや否や、みぞれが追従するように「じゃあ、私も!」と言い放ちます。ここで希美の中には、おそらく次のような気持ちが生まれていたのではないでしょうか。

まず純粋に、自分をここまで慕ってくれる存在を愛らしく思う気持ち。そして、劣等感を抱いていた相手が自分に追従して行動を取ることへの心地よい感情。いわゆる「独占欲」や「優越感」があったのではかと思います。

 

このシーンを境にしばらく、希美はみぞれに対して妙にベタベタと親しげに絡んでいくようになります。お祭りやプールに積極的に誘ったり。これが少し不気味です。だってここまで二人の仲が進展するような描写はなかったから。 

序盤の方にあった剣崎梨々花と希美の会話の中で、希美はみぞれのことを仲が良い相手だと断言できていませんでした。少なくとも希美からみぞれに対する感情は、そこまで親密なものではなかったのがわかります。

にも関わらずこのように親しい様子になっているということは、直近の「私、ここの大学、受けようかな」のやり取りの中で、みぞれに対して心地よい気持ちが生まれるような、心情の変化があったと考えられます。

それが何かと考えるとやはり、「優越感」「独占欲」が生まれたということなのでしょう。本当にこの子は純粋に私のことを好いてるんだな、可愛いな、と思う気持ちや。凄いな、妬ましいな、と思っていた相手が自分に追従する優越感。今まで羨ましくて仕方なかった相手を、コントロールできていることへの背徳的な喜び

 

・「他に誘いたい子がいるんだけど」

希美がみぞれに対してプールに行こうと誘った時の、みぞれのこの返答。後輩の子も誘いたいという返事に、希美は目を大きく見開いて、ショックを受けていました。

みぞれは自分だけを好いていてくれると思っていたから。もしくは自分以外とは仲良く出来ないと思っていたから。みぞれが自分だけに追従してくれることに心地よさを覚えていたから、それが幻だと気づいてこのショックを覚えたのでしょう。

みぞれが中川夏紀・吉川優子に「希美が受けるから私も音大に行く」と告げた時、希美は「みぞれのジョークじゃん」とそれを笑い飛ばしました。しかし、ここまでの希美が優越感を覚えていたかのような描写が揃っていることを考慮すると、本当にジョークだと思っていたとは考えにくいです。きっとここで希美は嘘を付いています。 

希美を考えれば考えるほど、彼女の嘘つきで、薄っぺらで、いい加減な面が透けて見えてきて、だんだん苦しくなってきます。

 

 

傘木希美と鎧塚みぞれの境遇の差

思えば、「リズと青い鳥」にてみぞれの視点で綴られた物語は、随分と優しかったのではないかと思います。

まず、みぞれにはたくさんの味方が居ました。みぞれの境遇をずっと心配してそばに居てくれた吉川優子や、同じクラスで何かと面倒をみてくれる中川夏妃や、純粋に慕い続けてくれる後輩の剣崎梨々花。もしみぞれの心がグラついたら、すぐにそれを察知して助けに来てくれそうな友人ばかりです。 

さらにみぞれは音楽に関する優れた才能を持っています。先生から音大への進学を進められるほどの実力者です。みぞれは才能や、人や、環境に恵まれているのでした。

そして何より、みぞれの感情の性質は、どこか前向きです。作中、青い鳥を逃がすリズの気持ちがわからないと悩んでいましたが、その根源にある気持ちだって、曲を上手に演奏したいというものでした。 

みぞれは「希美が私のすべて」と言い切っていましたが、それはたぶん、希美がいないと何もできないという意味ではありません。なぜなら彼女は希美が居ないところでも自然に笑えているから。吉川優子や、剣崎梨々花の前でも笑っている。関西大会への出場が決まった時にも笑っている。希美のことが意識の外にあったであろう時に、彼女は心からの笑顔を浮かべられていました。

希美が大切で大好きという気持ちや、感謝の気持ちがあるのは真実ですが、それはやはり陽性な、前向きなものでした。

 

しかし、希美はそうじゃありません。彼女の視点だと物語は随分過酷です。

まず、彼女は明るいだけでなく、薄暗い感情も抱えています。後ろめたくて、人には言えないような、軽蔑されるような気持ちを持っています。それに基づいて、みぞれに対して不誠実な行動も取ってしまっています。 そしてそれらの感情と向き合うことすらできていない。希美が自身の後ろむきな感情に耐えられず折れてしまった時、それを適切に理解してくれる人は周りにいません。多くの登場人物は希美を、いつも明るくてさっぱりした陽気な先輩だと思っています。(みぞれが理解していたかどうかは、ラストシーンの解釈の仕方によるのだろうと思います。)

 

リズと青い鳥」の物語において、みぞれは、青い鳥を逃すリズの気持ちを理解することはできませんでしたが、リズの思いを受けとって羽ばたく青い鳥の気持ちになることはできました。だけど希美は結局、リズにも青い鳥にもなることはできませんでした。

みぞれの葛藤は解決しましたが、希美は不安定と不誠実な面を示されるばかりで、それらにスッキリした解決はあたえられません。「リズと青い鳥」は希美にとって、だいぶ辛いお話でした…最終的には希美も前向きな表情になれましたが、それでも…

 

 

傘木希美の背景

ここまで傘木希美のことを不誠実だなんだと書いてきましたが彼女がそうなってしまった理由についても、彼女が経験した高1、高2の出来事を振り返るとなんとなく察せるような気がします。

 

まず、中学時代の傘木希美は概ね順風満帆でした。吹奏楽部の部長として多くの人々から慕われ、真面目に努力をし、良い音楽を奏でていました。中学最後のコンクールでは苦い思いをしつつも、その気持ちを胸に高校では頑張ろうと前向きでした。

 ところが、高校に進学してみればそこにあったのは不真面目でやる気のない吹奏楽部。コンクールで良い結果を出そうとしている生徒は一人もいないという状況。希美の望むような環境ではありませんでした。

希美はめげずにその雰囲気を変えようと努力をしたわけですが…その行動が煙たがられ、部内で爪はじきものにされてしまい、最終的に彼女は吹奏楽部を退部するに至ります。 

さらに悲惨なことに、希美が退部した翌年、北宇治高校吹奏楽部は全国を本気で目指す情熱ある集団へと生まれ変わります。それは希美が切望していた環境であり、結果として希美は、頑張ったからこそ自分の望むものを失ってしまったということになります。

 

この時の彼女の気持ちがどうだったのか、考えるだけで胸が苦しくなります。頑張ったけど上手く行かなくて、それどころか頑張りさえしなければ望む結果が手に入れられていたという…

こんなことがあってはもう、これからどう頑張ったらいいのかわからなくなるのが自然です。だから希美はこのような薄っぺらい人間になっちゃったのかなぁと。漠然と思います。

リズと青い鳥」作中の練習風景なんかを見ても感じます。希美の練習に臨む様子ですが、しばしばパート練習中なんかで後輩たちとおしゃべりしているところが目立ちました。希美が復帰を果たした今の吹奏楽部は、真面目に全国を目指す集団で、切望したコンクールにも出場することが出来るというのに。それが手に入った今、希美はかつてのような熱血の頑張りを見せていません。きっと出来なくなったんだろうなぁ

傘木希美は輝かしい時代から落ちぶれてくすんでしまった、悲しいキャラクターなのだと思います…

 

 

おわりに 

リズと青い鳥」を観て、傘木希美に対して思ったことを、一通りはき散らかしてみました。記事にしてみて再認識したのは、傘木希美は想像以上にしんどくて、難解で、魅力的なキャラクターであるということでした。

映画の中野希美の描写については明確な説明があったわけではないので、これらは推測にすぎません。でもこうしてまとめると少し理解が深まったように思うので、整理してみて良かったです。

見れば見るほど新しい気づきの得られる映画なので、公開期間中に出来るだけ多く観に行きたいなと思います。 

 

 

終わり